五月の満月の時のこと。
満月に心身の不調が起こる人は多いとは聞いたことがあるが、私の場合、満月だからなのか、満月に生理や排卵が来ているからなのか、定かではなかった。でも、とにかく、今回も、「月がまん丸になってきたな」と思い始めた頃には、もう頭が痛くなっていた。生理痛、と言えば生理痛なのだが、手術で頭蓋骨をチタンに変えてから、生理時に頭が締め付けられるような痛みが出るようになって、チタンが生理や排卵時の頭蓋骨の開閉を邪魔しているのではないか?と思えた。やっぱり、頭蓋骨をチタンに変えちゃったら生理の時に苦労するんだよな・・。生理で支障が出るのは術前に予想した通りだったが、想像をはるかに超えた、前代未聞の痛みと苦しさだった。息が止まるような痛みで一発目に「うがー!」と衝撃を受け止めた後は、もうその場に転がっているしかない。このように頭が軋んで、このような痛がり方をしているのは、自分以外には孫悟空くらいしか思いあたらない。術前の生理痛とは次元が違う苦痛であった。
土日で症状はピークを迎えた。頭痛に加え、とてつもない眠気、そして、身体が、特に頭が灼けるように熱くなっていった。冷たいタオルや保冷剤をかわるがわるに頭に乗せ続けた。息も荒くなってきた。
「ヤバイ・・・このままじゃ、吐くかもっ」
日曜日の昼間、ベッドの中でそう気づいて、慌てて服を脱ぎ始める(衣服の締め付けがすごく気持ち悪く感じられ、吐き気を促すので)も、時すでに遅し。
「間に合わないっ」
ベッドから飛び出した一瞬で、トイレまで行くのを断念し、寝室の隣の洗面所に飛び込み、ギリギリ間に合う。
それまで、退屈してワーワーと私に抗議して練り歩いていた猫も、「あ、取り込み中か」と察したようで、その時だけは洗面所にいる私の気配だけを把握しながら、遠巻きにたたずんでいた。猫はよく吐く動物であるせいか、他人の嘔吐の邪魔はしないらしい。
その後、また一人で幾つか部屋を変えては立てこもり、存分に苦しんでから、吐き気が収まった21時頃、ようやく廊下に這って出て行くと、いつかの日と同じように、猫が「ニャアー」と鳴いて、顔をペロペロと舐めにやってきた。もう我が家では、デジャヴのようにお馴染みの光景で、何度目かもわからなくなってきた。
その後、何時間かぶりに起き上がれたし、一人でやりたいこともあったので、満月スペシャルとして、猫に夜中の広場でのフリータイムを与えた。
自分の用事が終わって、猫を家に入れた頃には夜中になっていたが、昼間はずっと寝ていたし、それでも少しは頭の温度は下がっていたし、入浴も出来たので、翌日は出勤できると思っていた。
翌日、出勤はしたものの、私のただならぬ様子に、周囲のほぼ全員から口々に「帰った方がいい」「無理して倒れられた方が困る」と言われ、結局、出勤後、2時間で家に舞い戻ってしまった。昨夜よりはかなりマシになったとは言うものの、私の頭はゆでダコのように熱を発していた。酔っ払いでもないのに、こんなに顔が赤く、そして、頭が熱く、痛くなっているのは、やっぱり異常だ。そして、奥の部屋にこもっての作業だったし、少しでも頭の温度を下げないとぶっ倒れそうだったしで、私はオデコに冷えピタを貼って、濡れハンカチを頭頂に乗せていた。そりゃ、帰ってほしいわな・・・。
仕方なく帰ることになったけれど、早退したその足で(もちろん、冷えピタは貼ったまま帽子をかぶって)、アイスやジュースをしこたま買いに行けたのは助かった。吐いた後はそういうものしか食べる気が起こらない。しばらく甘くて冷たいものだけを摂取してやり過ごしたため、一週間後には肝臓が悲鳴をあげ、小鼻にブツブツができ、かきむしっていたけれど。(肝臓と小鼻は繋がっているらしく、甘い物を食べすぎると、小鼻にブツブツが出て痒くなる)
「今の時期は忙しいから休まないように」と何度も念押しされていたので、歩けなくなってもタクシーを使って仕事には出て行かねば、と思っていたのに、帰されるとは情けない。しかも、あまりにも私がミスをする回数が多いので、周囲はドン引きして私に注意すら出来なくなってしまい、なんと、遠回しに他の人を注意していた・・。
体調不良のピークは満月の夜(日曜日)で過ぎたので、後は回復していくのはわかっていた。そして、四月にも何度か倒れて休んだ上で「五月は休まないように」と釘を刺されていたので出勤したが、本当は、最低三、四日間は寝込まないと、人としては機能しないこともわかっていた。なので、職場から帰されたことは生命的には助かったが、ますます職場には居づらくなった・・。どうやったら、ずっと倒れずに仕事に通い続けられるのか、わからなかった。私は、今の職場に、自分の麻痺や障害では、まともに出来ない作業が大量にあるとは知らずに入ってしまい、また、職場側としても、まさかこんな簡単なことが出来ない人間がいるとは想像していなかった。私には、腕を前に出す神経の麻痺と、左側の頭蓋骨をチタンに変える手術をして以来、左腕から指先に渡る身体の側面の痛みがあった。そのため、書類の仕分けをするだけで、左頭から左手先にかけて、痛くてどうにもならなくなってしまうのだ。そして、その痛みや軋みが全身に悪影響を及ぼすようで、頭痛はもちろんのこと、顔面麻痺の悪化や、嚥下機能の低下で、嘔吐や睡眠不足も加わり、クタクタになってしまう。早く辞めなければ。いつかとんでもない迷惑をかけるし、何よりも、作業をするごとに、私の体調が悪化していく。
若い頃から、何度か排卵時に担ぎ込まれて入院する等、婦人科系の症状には、振り回されてきた。が、そろそろ、若年性では済まされない、本番の更年期も控えている。生理が終わってくれれば、頭蓋骨の動きもなくなり、頭痛や嘔吐や発熱もなくなるのだろうか?それまで、寿命は持つのか?普通に暮らせるだけの体力は持つのか?そして、人間の頭がここまで熱くなろうとは・・・それこそ、脳は大丈夫なんだろうか?
こんなことを相談できる人は誰もいない。頭蓋骨をチタンに変えて元気に暮らしてる女性は、どこかにいないものだろうか。
勤め人として雇われて生きていくには、無理がありすぎる。職場側としても、「いつになったら、この人、ちゃんとやってくれるんだろう?信用できないわ」と思っているようで、突然、予定になかった臨時のスタッフを四人も増員していた。私が辞めてあげるのが、一番、職場に対して親切だと思うが、しかし、私も身体の維持費がかかる以上に、基本的な生活費を稼がないといけない。
どうやら私という人間はこの世の中で生きていくこと自体が不向きなようだ。歓迎されていない。
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| いつもより早くアイスを食べられるようになった。 今回は、MOW、ハーゲンダッツ、パナップ、焼き芋アイス、そして、つぶあん最中などを食べる。 カレーは病み上がりに。
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返信削除ゆずりんさん
削除ゆずりんさんは、昨年末に手術されたばかりなのですね。
しかも、放射線治療中で大変な時にコメントくださり、
ありがとうございます!
私は、チタンを入れてから、もう三年が経ちました。
ゆずりんさんの今の時期、つまり手術して二、三ヶ月頃、私は傷口からまだ流血していたのを思い出しました。
ただ、その頃は先のことを考えたり、自分を哀れんだりする余裕が全くなく、ただただ、その日を必死に生きる、という感じだったので、悩みや不安は今の方があるかもしれません。
そして、この三年間で術後の身体の違和感に慣れた部分もありますが、新たな違和感も次々と発生して、常に調整の毎日です。
寒いなら寒いで、頭に激痛が走るのですが、これから暖かくなると、また頭に熱がこもるかと思うと・・・困ったものです〜。
ゆずりんさんは、まだ治療の真っ只中。
身体をいたわって、よく休んでください。
ではでは!
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返信削除ゆずりんさん
返信削除こんばんは。
私は腫瘍を残してあるのですが、その周辺が冷えると激痛が走る、という厄介な腫瘍なのです。
そして、チタンそのものが熱い、というよりは、頭蓋骨内に熱がこもってしまうようで、頭のあちこちがボコボコと隆起してくるわ、皮もベロベロむけてくるわで。とにかく、茹でダコ状態なんです〜。
私も、術後三年たっても、まだ首を傾けただけで、天地がグル〜ン!と回るので、運転なんてとても出来る状態じゃないです(^◇^;)
(とか言って、もともとベーパードライバーですけど)
違和感は、一つ慣れたら、また違う違和感がやってくる、と言った感じです。(^_^;)
私の場合、良くも悪くも、同じ状態はそんなには続かなかったような気がします。
ゆずりんさんと私とでは、症状も違えば、術後の回復期の状況もそれぞれ違うのでしょうけど、術後数ヶ月しか経っていないのに、もう社会のことを考えていらっしゃるとは!
私が社会のことを考えられるようになったのは、最近のことです。
そして、逆に、そんなことを気にしないでいられた時期の方が、幸せだったかもしれません。
でも、病人には「病人なりの社会」との付き合いがありますし、今はそれだけで充分だと思っています。
たまに、健常な人々のお祭り騒ぎに参加してみたくなることはありますが、次から次へとやってくる症状に対応するだけでも大変なんで、これ以上、複雑なことを考えてエネルギーを浪費したくないです〜。
本当に、術後はずっと「聞いてないぞ!」と言いたいことの連続ですが、皆、それぞれ、いろいろあるんですよね。
こちらこそ、励まされました。
ありがとうございます!