一年前の私は、脳腫瘍の術後、初めて社会に出て働くために、就職活動をしていた。
経験のある仕事にいくつか応募して、選考が進んだ。ちょっと特殊な仕事だったので、面接では、
「こんなにキャリアがぴったりな人がいたなんて!来てくださって、ありがとうございます。」
などと言われ、どこからも歓迎された。しかし、脳腫瘍のため残業ができないことを話すと、案の定、結果は不合格だった。
残業ありきの仕事なので、残業ができないと一人前の働きはできないことはわかっていたし、私も脳腫瘍の件を周囲に理解してもらわないと、働けるような健康状態ではないと自覚していた。結果は残念ではあったけど、面接担当者が、私の症状や通院のことを詳しく聞き、短い勤務時間で働く方法もある等の提案をし、ちゃんと私と向き合って話をしてくれたので、その過程には納得できた。
そんな中、唯一、未経験の仕事にも応募していた。それが先月まで務めていた役所で、福祉系の事務仕事だった。
そもそも、面接で受かってしまったことが大きな間違いだった。
私は術後の麻痺や障害を負った身体で、久しぶりに社会に出ることになる。しかも、未経験の仕事で自分がやっていけるかわからなかった。そのため、仕事内容や職場環境について、いくつか質問したのだが、詳細は話してもらえなかった。それどころか、前職を辞めて手術をし、そのまま二年間の療養期間に入っていたのだが、そのブランクについても、何も聞かれないまま、面接が終わってしまいそうだった。
それではマズいと思い、この仕事に対する印象を聞かれた時に、こう答えた。
「私も二年前に病気をして、麻痺や障害を負いました。その時に、こちらに来て相談をしたことがあるので、興味を持ちました。」
そこで、麻痺の状態や、通院のペースなどを尋ねられるかと思ったが、面接官たちからはコメントすらないまま、面接は終わった。
これまで受けた全ての面接の中で、最も盛り下がった面接。
こりゃあ、落ちたなっ。
しかし、面接終了10分後には合格を知らせる電話があった。
まさか受かるとは思わなかったし、経験のない仕事に戸惑いも感じて悩んだが、すぐに働かないといけない経済状況であったため、私はこの職場に行くことに決めた。
麻痺や障害について告白しても、詳しく聞かれなかったことが不思議ではあったけれど、詳細については、私が相談に来た時の履歴から把握できるだろうし、相手は障害者を扱うプロだから、私の麻痺や障害について、面接時の身体の使い方を見て、ある程度は理解できたのかもしれない、と思った。それに、私がまだ、顔面が垂れ下がってフゴフゴとしか話せず、杖をついてもフラフラとしか歩けなかった頃、市役所に就職の件で相談に行った際、
「あなたくらいの障害の人は、いっぱいいる。うちの職場の上司も片耳が聞こえないけど、働く上で全く問題はない。普通の人と変わらない。」
と言われたことを思い出し、そもそも障害者や病人を受け入れる心構えが出来ている人たちだから、私が入ってからでも対処可能なのだろう、と思った。
そして、まだ予定を控えていた他の職場の面接を、全て辞退した。
しかし、一週間後、また電話があった。
「すいません。面接の時に話した条件が違ってまして。募集していたポジションではなく、別のポジションでお願いしたいです。それに、一年毎の契約で、最大三年間まで更新可能、とお伝えしましたが、そのポジション自体が一年しか仕事がないので、一年のみの契約になります」
「山猫さんは温情で雇われただけだ」と後に上司から言われもしたが、私はこの採用時の様子から「ミスで雇われたのでは?」と思えた。なぜなら、契約内容の変更を伝える電話が来た時、私が決めかねたため、一週間後に返事をすることになった。それでも、「なんとか私どもは山猫さんにお願いしたい」と懇願された。温情であったなら、頭を下げてまで雇う必要はないと思われた。それに、面接会場で案内の人に「緊張してます?大丈夫ですよ!」と言われていたし、面接後10分で合格の連絡があったのだ。最初から、書類選考で通した人間は、面接を形だけ適当に済ませて合格させてしまおうとしていたように見えた。
そして、とりあえず、誰でも良かったから合格させてみたけれど、その後に、私が役所に相談に行った時の履歴を見て、コイツは雇えない、と判断したのかもしれない。そこで、私を罵倒した上司が言うところの「使えない人間をうちらに押し付けた」をしたのではないかと推測した。
面接での情報が少なすぎて、自分に出来る仕事かどうか判断しかねていたので、プロの目で私の相談履歴をチェックし、落とすなら落として欲しい、と思っていたのに。合否の判断を下す前にちゃんとチェックして欲しかった。(あくまで、私の推測に過ぎないけれど、あまりにもおかしな対応が続くので、そう思えてならない)
なんというメチャクチャな職場なんだ!
合格後に労働条件を変えられたことに不信感を覚えた。しかし、他の面接は全て断ってしまった後だったし、田舎なので求人募集も四月を前にほとんどなくなってしまっていた。このメチャクチャな職場に行くしかなかった。そもそも、メチャクチャなところでないと、私をうっかり合格させたりもしなかったかもしれないが。
しかし、ちゃんとした面接をして、落とすなら落として欲しかった。まだ面接の予定を控えていた仕事は、脳腫瘍の件を言わなくても務まりそうな内容のものばかりであったし、経験のある仕事でもあった。もう悔やんでも仕方ない、決めたんだから、と毎日、自分に言い聞かせていたけれど、「ただでさえ山猫さんはトシなんだし、さらに病気までしてるんだから、受かったところに入ってしまっておいた方がいいよ」と周囲に急かされて、焦って決めてしまった自分が情けなかった。
私が配属された職場の業務は、大量の書類をひたすら仕分けしたり、何日間もPC入力画面に沿って入力作業だけをしたり、電話応対や接客をぶっ続けでやらなければならなかったり、大きな声で何時間も書類を読み上げたり、大きな荷物を持ったり、走って移動したり、といった内容だった。それらの業務は、耳、喉、手、顔、バランス感覚等が麻痺した私にはかなりキツかった。家に帰ってからも、倒れ込んだり、応急処置をしたりしなければならず、余裕のない日々を過ごさねばならなかった。
「私が面接をしていたら、山猫さんは落としていた」と上司に言われたが、私も面接でちゃんと仕事内容を知ることができていれば、自分には出来ないと判断して辞退していた。もし、温情で雇ったとしたなら、私にも課全体にも、どういうつもりで雇ったのか、周知されるべきであった。持病のこと、麻痺や障害のことは「悪いこと」として、周囲もあまり触れず、私からも言いづらい重い雰囲気の中、出来ない作業をしなければならず、現場の上司に目の敵にされるのはかなりのストレスを感じた。それでも半年ほど勤務した頃には、少しは作業に慣れて来たが、自分の身体に負担になることを積み重ね、症状が悪化すると気持ちも沈んだし、とにかく最初からひどく上司に憎まれていることで、やりにくいったらなかった。
そして、一般市民としても、役所に対して不信感しか抱けなくなった。相談者として行った時は、その程度の障害は全く問題ないとの回答をされたけれど、いざ働いてみると、障害者や病人等を受け入れる体制が整っているどころか、弱者を攻撃することは当たり前で、パワハラが常習化しているブラック役所じゃないのよ!と(?)。つまり、これが相談の回答だと思えた。社会とはこういうものだと、わかっているようで、忘れてしまっていた。弱者を守ろう、なんて言っているのは調子がいい時だけで、ちょっと何かあれば、保身のために真っ先に弱者を攻撃する。人間、ってそういうもの。私も調子の良かった頃は、自分だけ安全な場所で調子のいいことを思っていただろう。役所で行われている相談というものも、その場しのぎに適当なことを言って、厄介な市民とみなして追い返しているだけ、ということもわかってしまった。
今後、もっと症状が悪化していよいよ働けなくなったら役所に相談するのか?げえええ!それだけは嫌だーー!と思うようになってしまった。まあ、できるだけ自分で頑張るしかない、と言う気持ちになれたのは、これ幸いか?!向こうも厄介者を追っ払えて好都合だと思うが。
「うっかり合格」なんて、するもんじゃなかった。
私はこんなブラックシティには納税したくないぞ!
ふるさと納税で、11匹の猫の巨大ぬいぐるみをいただくわ!
もっと働けるようになって収入がアップしたら、の話だけど!(笑)
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