食べ物から「甘い」「しょっぱい」が消えて、
最終的に苦味だけが残りました。
(酸っぱいものも好きでしたが、そんなに記憶に残っていないので、さほどショックを受けることはなかったのかもしれません。)
最後には、命を守る機能だけが働いているのだ、と実感しました。
「苦い」と感じないと、腐敗した食べ物を避けられない、と言うことなんだな・・・
甘い、しょっぱいは、少々わからなくても即座に命を奪われることもないしな、と思いました。
が、苦いだけを感じて生きていく・・・これがまた楽しくないんですねえ・・。
しかし、
「見た目で想像した味と同じ味がする」という安心感、そして、そもそも「味がする!」ということ自体の喜びを感じるには、「魚のはらわた」が一番良いと気づきました。
後に、脳腫瘍の手術の日程が決まり、会社も辞めて家で自炊していた時、やたらと「魚のはらわた」ばかり食べていて、なんだか、いかにも病気っぽい光景かも、とふと我に返ったことがありました。単純に、やたら偏ったものばかり食べている、って怖い光景かも。
そして、前回も書きましたが、「苦くても違和感のないもの」がやっぱり好きで、チョコとコーヒーは長年、摂取していました。
昔、おばあちゃんになると、なぜか皆、ちょっと苦味のある仁丹を食べていて、よく私もおばあちゃんにもらいましたが・・・
あれって、やっぱり高齢になると味覚が落ちていって、最終的には「仁丹が美味い!」と言うことになるのかも、と思いました。
抹茶なんかも、おばあちゃんが好きそうなイメージですが、あれも味覚の変化(あるいは、味覚の鈍化)によるものではないかな?と想像します。
そう言う私は、今、スタバに来て、抹茶オーレとニューヨークチーズケーキを食べております・・・。
ちなみに、猫は、酸っぱいもの、苦いものを避けます。
甘いもの、しょっぱいものも嫌いだし、食べさせてはいけないけれど、「酸っぱい」「苦い」を避けるために、食べ物にかなり近寄って鼻をクンクンさせて、ちょっとでも「酸っぱい」「甘い」の要素があると、プイッと踵と返して、その場を立ち去ってしまいます。
本来、自分で狩りをしてその場で食べる「フレッシュイーター」等で、腐敗したものを徹底して避けているんだろうと思います。
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