そして、『猫の事務所』は、脳腫瘍の手術から三年が経って初めて読めた物語、と言ってもよかった。
私は、術前までは映画や小説をそれなりに楽しんでいたけれど、術後は興味を示さなくなってしまっていた。顔面麻痺で眼が痛いし、その物語の世界の中に入っていく際に使う脳の働きも負担だし、自分の感情が麻痺していて登場人物の感情にも理解を示せなかった。そして、何よりも「物語」というものの成り立ち自体が、好きになれなかった。(これは術前からだったけれど)「これがこうなって、だからこうなる」、それが何だと言うのだろう?何を読んでも同じに思え、嫌気がさした。殺伐としていた。
『猫の事務所』のリンクを貼っておきます。猫どもの姑息、意地悪、真面目、健気、ワイルド・・・色々な顔が見れて、悲しく可笑しかったです。事務長の怒鳴り声も良いです!
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『猫の事務所 ある小さな官衙に関する幻想』
猫の事務所では、ヒエラルキーが明確に決まっている。
主人公の「かま猫」は本来なら、職にありつけるはずもない下級の猫だったけれど、その優秀さから大抜擢されて書記の仕事を任されていた。しかし、見た目はススだらけ、とイケてないので、格上の猫たちからバカにされる存在。他の猫たちに軽んじられても、事務長は公正な目でかま猫をかばってくれていた。しかし、事務長は、ある日、かま猫が事務長の座を狙っているという作り話を吹き込まれ、かま猫を敵と見なし、かま猫の仕事を取り上げてしまった。事務所の猫たちは全員でかま猫の存在を無視した。・・・(まとめに自信がないので、できれば原文をお読み下さいませ!)
この寓話を読んで、いじめって、真の意味での暴力から来る壮絶なものもあるけれど、職場が舞台の場合は、保身から来るものが多いのかもしれない、とふと思いついた。
この前までいた職場でも、私が辞める直前に不可解なことがあった。
ある日、先輩が、私の仕事の出来が良くないと上司に言っていた。私はびっくりして、自分の仕事ぶりについて謝り、自分がやり直すべきか?と聞いたら、その人はそういうことを求めていたわけではないようだった。わけがわからず、数日間その先輩を観察していたら、どうやら彼女は嫌いなPC入力作業から逃れるために、自分は他の作業をやり直す必要があると訴えたかっただけ、ということがわかった。そもそも、私は、それまで仕事で何か不手際を発見したら、指摘して改善するのものだと思っていたので、この職場で頻繁に見かけた、影で、あるいは聞こえよがしに悪口を言うやり方が、不思議でならなかった。しかし、それも全て彼女らが自らの保身のためにしていたことだと考えてみると、腑に落ちた。ほとんどのバイトの人が、もとから上司の友人で、彼女らは職場が大変気に入っており、ここ何年かの間に、数ヶ月間限定の契約で勤めるということを繰り返していた。一年契約の私がいると、一人分の枠が私で埋まってしまう。当然、上司も馴染みの人を優先して雇いたがっていた。
人々の保身のために陥れられるのは、この田舎街で知り合いが少なく、職場での人脈もない、「あの人に家族がいじめられた」と言い回る家族・親族もほとんどいない者、つまりパワーのない人間であった。(田舎の人は真っ先に自分の噂を気にする)おまけに、病気と障害と麻痺を背負った厄介者とくれば、手を下した者の自らの正当化もたやすい。
そして、『猫の事務所』のかま猫に起こった事件が、私が職場からの帰り道で目が見えなくなって倒れ、車に轢かれそうになった時のことと重なった。
私は道で倒れた翌朝、上司に電話をして休むことを告げた。
「すいません、昨日、帰り道で倒れてしまっ・・」
と言いかけたら、
「どうぞお大事になさってください!」
とロボットのような口調でピシャリと言われ、電話を切られてしまった。どう考えても暇な時期だったし、今、この状態で無理して出て行っても迷惑だろうと思って休むことにしたのだが、上司はひどく怒っていた。
休み明けに重い気持ちで職場に行き、お詫びを言った後、休んだ理由として、帰り道で倒れたことを話し始めたが、皆から無視された。一人だけ「大丈夫?」とだけ言ってくれた人はいたが、他は謝っても目をそらすか、無言でじっと私の目を見返すだけだった。
「帰り道で倒れたまま来なくなってくれれば良かったのに!まだ来るよ!このしぶとい病人は」と皆が思っていたことは、後日聞かされたので、わかっている。私も、家で寝込んでいる間、職場に行くのが恐ろしかった。それでも、とりあえず行かねば、と思って出勤したが、やっぱり来るんじゃなかったと後悔した。そんな後悔をする日が何ヶ月も続いた。一年間で、そう思わない日は少なかった。お昼休みは、なるべく外の河原で過ごした。
周囲の人たちに「死ね」と思われながら働いていると、どんどん元気がなくなって行くものだった。
ああ、私の職場は『猫の事務所』だったんだなあ。
そう気づいた時、初めて涙が出た。
一年間、『猫の事務所』に通い続けて、ようやく出た涙だった。
私はかま猫のように優秀ではなかったけれど、最後に獅子が出て来て神の裁きを下してくれたわけでもないし、見た目(麻痺や障害のある身体のことだけでなく、自分の背負っている背景も含めて)のイケてなさで攻撃されてきたところは同じなので、かま猫と自分が重なってしまった。奇しくも、名前も一字違い(笑)そして、一見、皆で遊んでいるかのようなのどかさを見せているけど、いざ保身のためとなったら、相手を無き者とするまでとことん追い詰める、という事務所の雰囲気の極端さも重なった。『猫の事務所』は「職場いじめあるある」の宝庫、普遍なのかもしれない。
いつか、職場で上司と二人きりの日に、上司の嘆きを一日中、聞いていたことがあった。
「山猫さんも、たちの悪いパートのおばさんに囲まれて、散々な目にあったことない?」
私にも仕事で意地悪や嫌がらせをされた経験はあるけれど、たちの悪いパートのおばさんに囲まれたことはなかった。
「それはないです。仕事柄、パートのおばさんが周囲にいたこと自体がないので」
「そうなの?それはラッキーだったね。でも、山猫さんって何かされても気づいてないだけじゃない?きっとそうだと思うよ」
私だって意地悪に気づいていないことはない。だって、めちゃくちゃ怖いと思うもの。ただ、どこかで、そんなくだらないことを私は認めない、と思っているところはある。ちょっとした意地悪を見つけたくらいでは、どんなに怖くても、自分の非は謝り、しかし意地でも意地悪にだけは反応を返さず、その後は普通の態度で接している。
それに、カタギの世界で生きているので「全員悪人」などというアウトレイジなことはないし、大抵の人は「100%鬼」(←こちらはオリジナルコピーです)ということもない。多くの人が、鬼の部分は抑えて良い人キャラでいたいだろうけど、気の緩んだ者からボロが出てくるのだと思う。
しかし、私は、そもそも女子力が低く同調もしないし、人間関係を結論づけるのがやたらと遅いしで、いじめている側をエスカレートさせてしまう部分があったかも、と今になって思う。ある意味、私の態度は「あなたは今、間違った態度をとったけど、本当はまだ頑張れるはず」という無言のプレッシャーを与えていたのかもしれなかった。
「かま猫」が足を腫らして出勤できなかった日、
「うわあ〜、電話もできないなんて・・・!
嗚呼!連絡できない間にこんなことになってるし!
結局、事務長も保身か!」
などとハラハラし、やがて悲しくなってしまいました・・・。
私もちょっとずつ人間の心を取り戻しつつあります。
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はじめまして。
返信削除昨年の開頭手術のあと自宅で療養しながらこちらのブログも拝見していましたが、しばらく更新されず勝手に心配していました。
色々と大変ですね。
私もそろそろ仕事を探さないと・・・でも、田舎だし後遺症あるし厳しいです。
現実は厳しいですが、山猫さんと猫ちゃんの後ろ姿を見て癒されています。
なかこさん
返信削除コメント、ありがとうございます!
心配させてしまって、ごめんなさい。
この一年間で、自分がどうなるのか見つめていましたが、
基本的には、体調を崩してはそれでもまた職場に行き・・・の繰り返しでした。
そんな日々ともこの春で一区切り、新たな段階に入りました。
仕事はしばらく休み、療養のしかたもこれまでとは違うものになりそうです。
なかこさんは、まだ手術をされたばかりなのですね。
今はできるだけエネルギーをたくわえて、自分の回復のためにだけ使ってください。
ブログには良いことばかりは書けないですし、私も元気とは言えない状態ですが(笑)、
それでも、読んでくれた人が、ちょっとでも楽になってくれたら・・と願っています。
お大事になさってください!
山猫さん
返信削除ありがとうございます。
自分の体の変化についていけず、人にそれを上手く伝えられず
退院○○日で仕事に復帰などというブログを見ると、自分は怠けているようで・・・でも、今の状態ではまだ無理と思うし・・という毎日を過ごしています。
退院後8カ月になりますが、あまり回復しているという実感もなく・・。
なので山猫さんのブログは素直に心の葛藤なども綴られているような気がして。さらに猫ちゃんの絵で癒されています。
この春からは、療養のしかたも変わるとのこと。
どうぞ毎日が穏やかでありますように!
そしてまた日々の様子など読ませて下さい。
このコメントは投稿者によって削除されました。
削除私も術後の変化に衝撃を受けることばかりでした。
返信削除私の場合、術後一年以上経っても、世間的なことを考える余裕すらなかったのですが、
余計なことを考えている今の方が精神的にはしんどいですね(~_~;)
個人的には、経済的になんとか暮らせるなら働かなくていい、と思っています。
もともと、怠け者なんですね(笑)
病気になったら周囲の人たちに助けられていることを実感しますが、
同時に、病人は、
健常者には通じない違和感を一人で抱えて行くことになりますね。
そういう部分をあえてほじくり返して書こうと思って始めたブログです。
ぼちぼちとやっていきますので、
これからも、よろしくお願いします!
なかこさんも、状況が許すのであれば、せっかくの療養期間ですので、ご自分をいたわって差し上げてくださいね!
ありがとう!ほんとにありがとうございます!
返信削除お互いに自分のことをいたわってあげましょう!
こちらこそ、これからもよろしくお願いします!