2017年4月13日木曜日

怒りについて考える

先月末で辞めた職場でのゴタゴタを書いて来たけれど、渦中にいた頃は、ただただ怖くて、わけがわからなくて、一人ぼっちで心身ともに弱っていた。しかし、そんな「悪いことしか起きない」ような状況の中でも、地獄で仏と言うのか、私を正気に戻してくれるような出来事がチョコチョコと差し込まれていることには気づいていた。そういうポイントにリアルタイムで気づけていたので、流れの中で溺れながらも、流れをやり過ごせたような気がした。


上司に罵られた翌日、職場の駐車場で、私が働きに出る前に生活困窮者としてお世話になっていた頃の担当者とバッタリ出会った。

「あ!山猫さんじゃないですか!おはようございます。仕事の方はどうですか?」
「あの、それが・・・私、クビになっちゃったんです。」
「えっ!そうなんですか?」
「どうも私は間違えて雇われちゃったみたいで・・。この一年間は、仕方なく置いておいただけだから辞めてほしい、というようなことを言われてしまって」
「ちょうど今、市役所でいっぱい募集出てますよ?」

もう市役所には応募できない。持病の件でこれだけ毛嫌いされるのなら、どの課に行こうと結果は同じことだった。
「はい、ありがとうございます。また、何かあったら相談に行かせてもらうかもしれないので、お願いします」
「ええ、わかりました。それにしても、それってかなり失礼な話ですよね。雇っておいてそんなこと言うなんて・・」

かなり失礼・・・。他のバイトさんがいない時期に、上司と嘱託の二人から責め立てれて、私の日々の生活の中にはその二人しか登場人物がいなかったので、彼らの言うことがこの世界の常識のようになっていた。そんな時に、普段は会うことのない人に突然会えて「その話はおかしい」と言ってもらえたことに、救われた。その時だけは、ちょっとだけホッとできた。その担当者は、私が就職の報告をした当初、「山猫さんは、こっちで何もお手伝いしなくても自分で仕事を見つけて、すごいですよ!」と喜んでくれていたのだった。

そして、さらに上司に「自殺でもされたら困る」と呼び出された翌日に行った病院では、この街で唯一、子供の頃からずっと付き合いのある友人にバッタリ会った。何ヶ月ぶりなのかもわからないほど、久しぶりだった。
「一緒に帰ろう」と言って、診察が終わるのを待っていてくれたその友人に、ポツポツと職場での出来事を話すと、
「それって、辞める前までに、その上司のさらに上の人に言った方がいいと思う。」
と言われた。
しかし、あの職場で、誰かに話してもまともに取り合ってくれるわけがないし、話を聞いてもらえたところで、事実を確かめたり注意をしたりなどということは考えられかった。お客さんにひどい態度を取ろうが、職員同士でくだらないことでいがみ合おうが、管理職ですら、見て見ぬふり。お互い、定年まで黙って務めあげましょう、というところでだけ一致団結しているようにしか見えなかった。
「あそこでは誰に言っても通じんと思う」
「でも、それでは山猫ちゃんの怒りはどうなるの?怒りが収まらんよね?」

私の怒り?
私、怒ってったっけ?
ところどころ不機嫌にはなっていたけれど、どちらかというと、私はまだ怖くて混乱している状態だった。

その日の夜から、怒りについて、考えるようになった。
私は脳腫瘍の手術をした後から、感情が麻痺していた。感情が作動しないので、出来事に反応できない。私に関する情緒的なことが身の回りで動いていても、よくよく考えてみないと理解できなかった。頑張って考えて、やっと何が起こっているかは理解できても、自分の感情は動かないという状態だった。本来なら、感じるべきところで思考を使って理解するしかなかったので、自分の中ではかなりエネルギーを費やした。人間として他人と接する上で、最も敏感なセンサーが動かない状態で、人と関わってしまって大丈夫だろうか?気づかないうちに失礼なことをしてしまうんじゃないか?と最初の頃は不安だったけれど、いつまで経っても心は動かないので、あきらめて、感情的な部分は頑張って考えることで補い、他人と関わることにしたのだった。
脳腫瘍の手術をする前の、もともとの性格が「なんでそんなに淡々としているの?」と驚かれることが多かったくらいなので、周囲にこの違和感を話しても「前からそんな感じだったじゃん!」と言われ、理解を示してくれる人は少なかった。でも、周囲がおかしく思わないんだったら、まあいいや。そう思って、感情が動かないまま人々の中に紛れていることにした。
そうしているうちに、やたらと怖かったりイラついたり、世間に対する不快感ばかりが目立ってきたので、やっぱり、生物として生きのびるために最低限かつ最も必要な感性から回復してくるんだなあ、と思った。不快なことからは遠ざからないとサバイブできない。そして、だんだんと、嬉しかったり楽しかったり、悲しかったりしている自分にハッと気づくような瞬間も増えてきていた。あれ?私、今、私、喜んでた?!みたいな。

不快感はすでに感じられるようになっていたはず。あまりのことに怯えて弱り切っていただけだ。これって、本当は怒るべきところなんだ。
考えてみて、やっとわかった。



深夜、テレビを観ている私の目線の高さに座って、
真っ正面から私を睨み続ける猫。
うちの猫はなんでもすぐに口に出して言う、テンション高いタイプだけど、
こういう無言の抗議もする。
猫って、感情表現が豊かで素晴らしいなあ。(←さっさと寝ろ!)






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脳腫瘍と診断されたばかりの頃、こちらのブログを参考にさせてもらいまいた。
私も遅ればせながら参加中です。

2 件のコメント:

  1. 山猫さんの、描く絵はやっぱり素敵ですね!
    いつもありがとう♪
    元気がでます!

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  2. ありがとうございます!
    まさかのこの「静かにブチ切れる猫の絵」で?!(笑)
    元気を出していただけたなら、嬉しいです。

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